連載第2回 ヨシオ

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自転車安全用具のトップメーカー「ヨシオ」。
細かい商品ですが、零細企業が全国を制覇するのは難しかった。


自転車用安全機器のトップメーカー、『ヨシオ』
● 下請けからメーカーに
走行する自転車は軽くてふらふらするため自動車と接触し易く、人身事故につながる。特に、夜間では危険であり、暗闇の中で小さな自転車をドライバーが見つけるのは難しい。市販の自転車の泥除けやペダルには小さな反射材を取り付けるられている。だが、小さな反射材だけでは心もとなく、交通事故を防止できにくい。ヘッドランプの光を確実に反射させ、自転車の位置を認識させる安全用品が必要となる。
足立区の『ヨシオ』は、先代の社長が昭和23年に創業した典型的な下請け企業で、三輪車の部品の製造をしていた。二代目の現社長、小泉俊夫氏に代替わりとなってから、自社開発の商品を販売し、下請けから脱皮することが悲願となった。ふとしたことからオリジナルの自転車用反射安全用品を開発し、この業界でのトップメーカーに変身した中小企業である。
● 開発のきっかけ
平成元年頃、夜間に小泉社長が自動車を運転していたとき、左折しようとして左側にいた自転車と接触しそうになった。暗かったので自転車の姿を見つけられなかったのである。自転車に取り付けてある反射材は後方からの光では反射するが、側面からでは反射できない。これが見にくい原因であった。この経験から、自転車にどの方向からでも反射する安全用品を開発すれば事故を防ぐことができるのではないか、と思い付いた。
ちょうどその頃、社内には大量の反射材料が死蔵されていて、その処分に頭を悩ませていた。この材料を自転車の安全用品として製品化すれば、不良在庫を一掃できるとひらめいた。同時に、自転車のハンドルに装着してあるゴムのグリップの空気穴には、反射材を簡単に取り付けることができると考えた。
こんな連想により、グリップの空気穴に止めピンを挿入し、止めピンの先端から反射材を鎖で垂れ下げる反射アクセサリーを思い付くのには時間がかからなかった。苦労したのは止めピンである。グリップの空気穴に一度差し込んだら抜け落ちないようにしなければならない。弾性のあるバネを独特の形に曲げることで抜けない構造のピンが出来上がった。
この反射アクセサリーに『ほたる君』と名付けた。左右のハンドルの先端から鎖で反射材が垂れ下がり、女性のイヤリングのようになった。風によって反射材が揺れたり回転すし、どの方向からでも光を反射することができる。暗闇であってもヘッドライトからの光を反射して自転車の存在を認識させることができる。自動車の左右で点灯している車幅灯と同じように、自転車の車幅灯の機能を持っている。今までにない、全くのオリジナルの自転車用の安全用品となった。
● 販路の拡大に努力
『ほたる君』の量産は自社設備で容易にできたが、問題は販売方法であった。下請け仕事を続けてきたため、オリジナル商品の販売は始めて取り組む仕事であり、社内の誰も経験したことが無かった。手探りで販売ルートの開拓をすることになった。
まず、定価を三百八十円(現在は五百円)に設定し、自転車用品の問屋に販売を依頼してみた。だが、いつまでたっても売れず、全品返品されてしまった。ヨシオでは半額の百九十円で出荷しても十分に採算が取れるが、こんな定価では流通業者が潤わない。問屋、小売店の立場を考えず、価格設定を間違てしまった。流通機構の仕組みを知らなかったのであった。
次に、近所の自転車屋、クリーニング屋、八百屋などに頼み、店頭で販売してもらうことにした。期待していた自転車屋では全く売れなかった。後で考えると、顧客が自転車屋を訪れるのはパンクしたとき位で、年に数回も無い。自転車を日常使用しているからといっても自転車屋を頻繁に訪れているのではなかった。予想に反して、良く売れたのがクリーニング屋であった。クリーニング屋の顧客の多くは自転車で来店する。店頭で用事を済ませている時に、目に付いた『ほたる君』を買ってくれた。クリーニング屋まで乗ってきた自転車と店先で販売している自転車用の商品が結びついていたからであった。自転車に関連した商品であるから、自転車屋で売れるものではなく、マーケティングの失敗であった。
みやげ物屋、スーパーなどの考えられるルートに商品を持ち込んだが、同時に宣伝活動も行うことにした。隙間のような商品では、その存在を周知させなければ売れないからだ。だが、宣伝費はかけられない。そこで、軽井沢の貸自転車に目を付けた。観光客が利用する貸自転車に取り付けておけば親しみが湧き、どこかで買ってくれるであろうと予想したからだ。貸自転車屋に頼み、三千台の自転車の全てに無料で取り付けた。軽井沢の貸自転車に見かけないアクセサリーが取り付けられたので、テレビ番組で取り上げられ、知名度は上昇した。
発売した当初は全くと言っていいほど売れなかった。ふと、定価を付けないで配布するノベルティー商品に利用できないものか、と思い付いた。公共機関が買い上げて、無償で配布して貰えるのなら大量にさばくことができる。区役所、地元の警察署に足を運び、交通安全のキャンペーンのためのノベルティーに採用して貰うように働きかけた。後になって交通安全協会が買上げてくれ、全国に配布してくれるようになった。
● これからの展開について
新商品は、売る場所、売る方法を熟知し、適正な流通ルートに乗せなければ売れない。当たり前のことであるが、ヨシオにとっては未知の世界であった。一年位の間にマーケッティングから広告までの、販売に必要な常識を全てこなさなければならなかった。この努力により、平成三年から順調に売れ始めるようになった。オリジナルの『ほたる君』はヒットし、現在では毎年五十万個を出荷できるようになった。
これからのヨシオは、事業を三本柱に分けていく予定である。第一が従来からの賃加工による下請け仕事である。利益は薄いが安定した売り上げを確保でき、親会社とのつながりから新技術や流行などの情報を入手できるメリットがある。第二は、今まで続いているほたる君のような交通安全を狙った自転車安全用品である。第三は、オリジナルの防犯用品である。世の中が不安になって犯罪が増えてきたため、安全をテーマとした商品が必要とされてきた。防犯ブザーや防犯ネットのような、中小企業が得意とする分野での防犯商品の開発に力を入れていく予定である。