連載11回 Y・G・C

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故人の遺影を飾るための大理石のスタンドです。
写真屋では入手できない写真スタンドですが、葬儀の後では必要となるようです。


● 仏具に特定した写真立て
 元気な人もいつかはお亡くなりになり、その時には人生最後の締めくくりとして葬儀が執り行われる。年間の死亡者数は約九十八万人であることから、ほぼその人数と同じ数の葬儀があると考えられる。葬儀の儀式には棺桶、骨壺、花輪、位牌などの特殊な用具や消耗品が必要となる。これらは昔から専門の製造業者がいて、葬儀社に供給している。喪家は儀式の執行と同時に、これらの葬祭用品を葬儀社から購入するのが通例である。
 葬儀用品は宗教や慣習がからんでいるので、商品群は昔から大きな変化はない。そんな中で、矢板市にあるワイ・ジー・シー(山口雄三社長)は、故人の写真を飾るための遺影スタンド「しのぶ」という目新しい商品を葬儀社に供給している国内で唯一の会社である。
● レッスンプロからの転向
 山口社長はゴルフのレッスンプロであり、現在もゴルフ教室を運営している。畑違いの商売に乗り出した経緯は、昭和六十年頃に起きたプロゴルファー協会の内紛であった。協会は主導権を巡り大きく揉めており、山口社長は協会から離脱して独自のプロ集団を創設したくなった。そのためには、商品を販売して資金を捻出することに決めた。
 その頃、長兄が勤める会社では紫外線硬化樹脂を開発しており、新しい販路を求めていた。紫外線硬化樹脂とは、紫外線を照射すると液体の状態から硬化する特性を持つもので、現在は製版材料や半導体製造に多用されている。山口社長は、結婚式の記念品に応用できないかと考えた。新郎新婦の写真を皿に置き、表面に樹脂を塗布して硬化させれば表面が保護された絵皿になる。試作品を地元の結婚式場に持ち込んだところ、担当者から「これは慶事よりも仏具として売れるものではないか」と諭された。これが遺影スタンドを開発するキッカケとなった。
● 製品の開発と販売
 仏具としてのデザインを決めるため、最初は木工屋に頼んで丸、三角、四角、六角などの五十種類ほどの木製見本を制作した。この見本を百人近くの人に見せ、どのデザインが好まれるかリサーチしたところ、ほぼ全員が円形を選んだ。しかも、直径が十二センチのものが一番集中して選ばれた。人間の心理では、この大きさの円形に写真を収めると違和感を持たないようであり、これより少しでも大きかったり小さかったりするだけで全く売れなくなるようだ。発売時から現在まで、この大きさとデザインを変える必要はなかった。
 スタンドの豪華さと重厚さを演出するため、素材は大理石に決めた。大理石の加工で有名な台湾の花蓮市に飛び、コネは無かったが信頼できる会社を見つけることにした。それなりの技術を持つ会社を見つけ、先ず二百個を制作して著名人などに無償で配付したところ、まずまずの反応であった。続いて二万個を追加注文したのだが、販売できるような品質の商品は三千個もなかった。遺影スタンドは写真を収める皿と、皿を支える台座から構成され、台座には皿を嵌め込むための溝が掘られている。現地の会社の加工能力では溝を掘る精度が悪く、皿をピッタリと支えることができなかったのである。山口社長が何度も現地に足を運び、品質を向上させるように指導し、最終的には専用の溝掘り機を開発したため、これ以降は均質な商品を量産できる体制になった。
 平成元年から、遺影スタンドと紫外線照射機をセットにして販売を始めたのだが全く売れなかった。照射機が五十万円と高く、小さな葬儀社にとっては大きな負担であったからである。照射機を自作するなどを試みたが、思った程安価にはならなかった。二年後に、遺影をラミネート加工して固定する方法を思いついた。遺影の表裏に透明なフィルムを密着してラミネートし、カッターで円形に切断すると遺影はサンドイッチ状に保持される。その裏面に両面テープを接着して皿に貼り付けて固定する。遺影の表面はフィルムで保護されているので、傷が付いたり変色することはない。必要な道具はフィルムを加熱するラミネーターと円形カッターだけで、最初に投資する資本は二万円以下となり、どの葬儀社も手を出し易くなった。
 最初は代理店に依頼したり、業界の展示会に出店して宣伝したのだがサッパリと売れなかった。平成三年から一時レッスンプロの仕事を止め、遺影スタンドに専念することにした。背水の陣で山口社長自身が全国の葬儀社を廻る営業を続けた結果、業界トップの愛知葬祭と大阪互助会に納品するようになってからは順調となり、現在は百社以上の顧客を掴むことができた。発売してから十数年で年間出荷数は二万枚を越えたが、卸価格は一個七千九百円であるが輸入価格は千数百円と推定される。遺影スタンドが単品の商品であるが、小さな会社にとって大きな柱に育った。
● 仏具が売れる理由
 現在、「しのぶ」の定価は三万円であるが、葬儀社が喪家に販売する実勢価格は二万五千円前後である。写真を加工するための手間がかかるが、遺影を貼っただけの小さな大理石の写真スタンドがなぜこの価格で売れるのだろうか。それは、故人を偲ぶことができる仏具が他に無いことが要因である。葬儀が終わった喪家には、祭壇に飾った故人の顔をA4程度の大きさに引き伸ばした遺影額が残る。遺影額は喪家の鴨居に飾るが一枚だけであり、兄弟などには故人の遺影という思い出は渡らない。葬儀に参列した関係者の心には、手で持ち運べることができ、故人とのつながりのある何らかの物が欲しくなる。
 こうした遺族の心理から、葬儀の前後に葬儀社が遺影スタンドを販売すると、親戚縁者から最低数枚の注文を受けることができるらしい。葬儀社にとって、遺影スタンドの販売は今までになかった需要となり、葬儀費用の他の新たな収益源にもなった。このため、遺影スタンドは営業力を持ち、業務の近代化を進める葬儀社から導入されていった。遺影スタンドの販売数は伸びたが、それでも全国の葬儀数に比べたら僅かであり、これからも伸びると予想される。
● これからの展開
 葬儀業界はまだ古い体質があり、新しいシステムや外部との交流を導入しない閉鎖的な業界といわれている。近代的な経営を取り入れている葬儀社もあるが、全体としては少数派であり、新しい商品企画が育たない体質がある。山口社長が業界に参入してから二十年近く経ち、業界の構造を熟知した。これからは、葬儀社が必要とする新しい葬祭用の商材を開発する計画である。